Story Vol.18 Kアリーナ横浜、いよいよ開業
知られざる舞台裏を詳細レポート

2017年11月にケン・コーポレーションがみなとみらい21地区60・61地区(一部)の事業者に決定して以来、計画を進めてきた世界最大級、2万席の音楽アリーナ「Kアリーナ横浜」が2023年7月31日に竣工。9月29日に開業を迎えます。
規模のみならず、設備その他においても日本にこれまでなかったレベルのアリーナができるまでの舞台裏をお伝えします。

Kアリーナ横浜空撮写真・横浜駅上空からみなとみらい・ベイブリッジ方面

画像中央にKアリーナ横浜を含むミュージックテラス

みなとみらい21の人の流れを変えるビッグプロジェクト

Kアリーナ横浜が立地するのはみなとみらい21地区中心部と横浜駅の両方に近接した水辺のエリア。区画としても大きく、完成に近づきつつあるみなとみらい21エリア内では人の流れを変える可能性の高い、最後のビッグプロジェクトといっても過言ではありません。

そのため、2017年1月にスタートした横浜市の事業者募集では賑わいを生む力のある観光・エンタテインメントを軸とする集客施設に床面積の過半を充てるという条件がありました。

Kアリーナ横浜建設地(2020年8月時点

2020年8月時点の街区写真。「アンパンマンミュージアム」の北側に位置する30,000㎡超の広大な敷地

「それに対して2万席の音楽アリーナ、ホテル、賃貸オフィスという提案をしたのですが、計画を検討し始めた当初は席数7000~1万、スポーツにも音楽にも使える、もう少し規模が小さく設備がシンプルなアリーナを視野に入れていました」とケン・コーポレーション企画部の鳥山彬弘課長。

ケン・コーポレーション企画部・鳥山彬弘課長

ところが提案を検討していた時期はちょうど東京五輪の準備で各地のホール等で改装が行われていたタイミング。そのため、ライブ・エンタテインメント業界では会場の不足が話題になっていました。そこで、スポーツも音楽もというよりは音楽にターゲットを絞ったアリーナにしようということに。

また、規模に関しても提案直前になって同じみなとみらい21地区内で計画が進んでいたぴあアリーナMM(2020年7月開業)の席数が1万人クラスということが分かり差別化を図ることにしました。

カスタマーファーストが産んだ規模と質

「提案検討中に参考になる施設、類似施設を数多く見て回っていましたが、日本にはニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデン、イギリスのマンチェスター・アリーナ、O2アリーナのような2万人規模以上でワールドツアーを呼べるようなアリーナは限られています。
また、ドーム球場は野球の試合が最優先されるため、ワールドツアーの開催は意外に少ない。そこでワールドツアーを呼べる規模・質のアリーナを目指そうということになり、2万席で音楽に特化するという提案になりました」。

Kアリーナ横浜外観(夜・ライトアップ

地上9階建、高さ約45m、延床面積は約54,090m²。横浜駅東口エリアの新たなランドマークとなる壮大な外観

当初考えていたよりも規模、そして予算は大きく増えたわけですが、これが実現できたのは常にカスタマーファーストを考えるケン・コーポレーションならでは。これまで日本になかった施設を作ろうというのですから、そこには当然、リスクがあります。Kアリーナ横浜は規模、ターゲットだけでなく、設備面でも他にない考え方で作られていますが、無難なものを良しとする企業であれば実現できなかったでしょう。

「経済合理性を第一に考える会社であれば、そこまで利用者の満足度にこだわる必要はない、他と同じものを作れば良いと考えるかもしれません。しかし、弊社は『他がこうだから』を理由に目指すクオリティを落とすことはしませんし、質の向上、お客様の満足のためにはリスクを取る、新しいものを選択します。その結果が海外のプロモーターも驚くような他に類のない施設になったのだと思っています」。

早めの施工会社選定で資材高騰を乗り切る

事業者として決定以降、建物、設備それぞれをどう作っていくか、具体的な検討がスタートします。建物に関しては施工会社の早めの選定が功を奏したと鳥山課長。

「一般的には基本設計を経て実施設計に至った時点で施工会社を選定しますが、今回は基本設計が終わった時点でいわゆる大手ゼネコン数社に声をかけました。3棟で構成されるひとつの建物で規模が大きい上に、構造が特殊で難易度が高いことが分かっていたからです。早い段階からパートナーとして協業することでコストの削減と質の向上、この2つを目指そうと考えました。ゼネコンにはそれぞれ得意とする技術がありますが、それに適した設計にすることで無駄・コストを省き、質を担保しようと考えたのです」。

実際に施工会社が決まったのは2020年8月着工の1年前、2019年8月でした。覚えていらっしゃるでしょうか、この時期は建材などの価格が上がり始めたタイミング。一方で東京五輪後には地価、物価が下がるのではないかという風評もありました。実際にはその後にコロナ禍、そしてロシアのウクライナ侵攻があり、資材は大幅に値上がり。現在もその状態が続いています。

「施工会社を早く決めたことで資材の調達が早くでき、底値で調達できました。それが質を下げることなく、目に見えないところでのコストセーブに繋がっています。もし、これが1年遅かったら資材が手に入らない、コロナ禍で経済が止まっている状態での調達ということになり、着工できていなかったのではないかと思います」。

工事期間はちょうどコロナの時期ではあったものの、工事自体は順調に進み、約3年の後、当初予定通りに竣工を迎えています。工事で大変だったのは杭を打つ、残土を処理するなど基礎の部分と屋根。工事期間の最初の1年は杭打ちや基礎にかかり、中盤の1年は120mの大スパンの屋根を葺く作業に費やされたのだとか。アリーナを訪れた時にはぜひ、1年がかりで完成した大屋根を見上げていただきたいものです。

Kアリーナ横浜建築工事(2022年1月時点

2022年1月の工事進捗撮影。施工を請け負った「鹿島建設株式会社 横浜支店」のWEBサイトに工事の概要が詳しく掲載されている

常設の設備を備えた日本初の大型アリーナ

運営や設備についても検討すべき点がありました。ひとつはVIP専用エリアのクオリティの問題。これについては開発の途中でレベルを引き上げ、ホテル並みの内容にすることとしました。快適さを選んだというわけです。

Kアリーナ横浜のVIP専用エリア

VIP専用エリア

もうひとつは舞台設備をどこまで持つか、また、持つとしたらどのレベルのものを持つかという点。これについては1年かけて検討が行われました。

「日本のほとんどのアリーナでは舞台、音響、照明などの設備は備えていません。不動産でいえばスケルトンで貸しているわけです。そのため、コンサートのためには開催日前の2日間、あるいは3日間を設営に費やし、終了すると深夜にかけて撤去するのが当たり前とされています。

でも、そこに設備があることで設営の時間が短縮されたらもう一日、違う公演ができるかもしれません。持ち込み機材にも対応することで多様な表現も可能になります。私たちのグループ企業ではライブハウスを運営していますが、そこでは通常仕込み日が発生しません。アーティストが当日に来て演奏、翌日はまた違うアーティストが演奏するというスタイルになっており、Kアリーナ横浜はそれに近いやり方を採用しました。

外部からはそんなことができるわけがない、設備があっても使われないという声もありましたが、海外のアーティストは日本でコンサートを開いた翌日に香港で開催といった連続開催を普通に行っています。そう考えると日本の今までのやり方に固執する必要はない、企業の催事や式典レベルではない、コンサートでも使えるハイスペックの設備を備え付けることで、これまでと違うニーズを取りに行こうと考えました」。

Kアリーナ横浜 ホール内撮影写真

設営日が短縮でき、アリーナの利用日数が増えることを意図したわけですが、その判断は違う意味からも評価されています。人手不足問題への対処です。

コロナが明け、以前のように活動ができるようになったものの、世の中では人手不足が深刻です。音楽業界でも同様で、スタッフが集まらないためにライブ開催に支障がでる事態が出てきていると聞いています。

考えてみると昼夜問わずの設営作業は過酷です。加えて、長時間労働に制限が課せられるようになった時代に同じやり方を続けるのは難しいはず。その時に設備がある会場があれば、設営時間が短縮でき多くの人手を集める必要もなくなります。設備が充実した施設が音楽業界の人手不足を救う手ともなり得るわけです。

また、常設の設備を使い続けることは大がかりな舞台設備の持ち込みによる設営、撤収を減らすことでもあり、環境への負荷を軽減することにも繋がります。

アーティスト、観客、イベント主催者の三方良しを目指す

ハイスペックな設備だけでなく、それを使いこなせるエンジニアも必要です。そこでKアリーナ横浜ではパートナー企業数社と連携し、ツアーに同行するレベルの一流のエンジニア達に常駐してもらうようにしました。これもこれまでの音楽業界では革新的なことだそうです。

音に関わる設備以外で注目したいのは飲食を楽しめるアリーナでもあること。音楽と夜景が楽しめるバーラウンジ「Arena Bar7」や、ゆったり食事を楽しめる約400席もの大空間のラウンジ「Lounge5」の他、各席には基本カップホルダーが2個。開演前、開演中、開演後と自分の好きなタイミングで音楽とともに美味しいものを味わえるのです。

Kアリーナ横浜 正面入り口撮影写

アリーナ正面入り口(3階部分)の上層(5・7階)には眺めがよいバースペースが設けられている

Kアリーナ横浜「Arena Bar7」撮影写真

一流ホテルを彷彿とさせる豪華なデザインのバーラウンジ「Arena Bar7」

それ以外にも長時間快適に過ごせるファブリックシートの導入、施設内外に用意された約6,200口のコインロッカー、アクセスしやすい11カ所もの売店など、気持ちよく音楽に浸れるような配慮が随所にあります。

Kアリーナ横浜 ファブリックシー
Kアリーナ横浜 3階ホール
Kアリーナ横浜 7階ホール

格調高いホール内部の座席や仕様とは対照的に、一般通路は重厚な構造に自由なイメージの空間となっている

こうしてKアリーナ横浜の特徴を並べてみると、これまでのアリーナとはかなり違う部分がありますが、それは当然とケン・コーポレーション企画部の前川直之課長。

ケン・コーポレーション企画部・前川直之課長

「既存施設の大半は公共が開発・運営を行っています。その中でも『音楽特化型』と対象を絞った施設は少なく、いろいろなイベントができますが、できるが故の制約も多いのが現実。公共施設であれば飲食に制限があるのも理解できます。ですがKアリーナ横浜は完全に民間の事業。入口が違うのですから、出来上がったものに違いがあるのは当たり前です」。

その結果として「聴く音にも違いがあると納得してもらいたい」と鳥山課長。公表はしていないものの、設備類には小ぶりなビル1棟分くらいの投資をしているのだとか。それに対して効果があるかどうかは今のところまだ見えていないものの、音に満足していただくことが投資効果測定への第一歩。

さらに舞台に立ったアーティストに満足してもらい、ここにまた立ちたいと思ってもらい、イベント主催者には舞台を作りやすい、働きやすい場所と感じてもらえれば投資に価値があったといえるもの。

「このアリーナに関わる三者それぞれに喜んでいただける三方良しを目指したいと考えています」。

年間150日の公演を目指して稼働スタート

開業が目の前に見えてきた今、施設利用申し込みは当初想定していたよりも多く、順調な滑り出しを見せています。

「イベント主催者の方々に見て頂いていますが、ステージが見えにくいなどで販売できない席がなく全席売れること、ステージと客席の距離が近く真正面からアーティストが見えるなどと良い評価を頂いています。まずは国内で実績を作り、同時に海外のプロモーターにもこれまでにない施設ができたことをアピールしていければと考えています」と鳥山課長。

Kアリーナ横浜 アッパースタンドよりホール内撮影

会場の利用料は他の会場よりも高めに設定しています。それでも多くの予約に繋がっているのは、時間をかけて舞台を設営したり撤収したりという手間がないため、イベント主催者側のトータルでの出費は抑えられる見込みになるからです。

今後目標とする稼働率は事業計画段階で見込んでいた稼働率70~75%を少し上回る80%としています。1年365日のうち、設備点検などで休業せざるを得ない日が30日程度あるとして、残りの日数のうちの8割が設営、興行で借りられている状態を目指すという計算で、具体的には年間で150日くらい公演が行われる計算になります。」(鳥山課長)

横浜駅東口エリアを第二の賑わい拠点に

ただアリーナの稼働率で80%を目指しても、それだけではエリアの賑わいには足りません。Kアリーナ横浜はヒルトン初の横浜上陸となるホテル「ヒルトン横浜」、賃貸オフィス「Kタワー横浜」の3棟からなる「ミュージックテラス」と名づけられ街区に立地していますが、そこでの大きなミッションは賑わい創出。アリーナで生まれた賑わいが周辺にしみ出すような効果が期待されているのです。

「がんばって年間150日の公演を実現しても、それ以外の日がさみしい雰囲気では困ります。そこで屋外にグッズ販売のアリーナテントの他、屋外イベントに活用できる大型テントを用意、チケットがなくてもイベントに参加できる500インチの大型ビジョンを配したほか、ミュージックテラス中央に水辺を望むビアレストランを設置。地域の人が散歩に来たり憩うような場所を目指しています」と鳥山課長。

ミュージックテラスのKアリーナ横浜、ヒルトン横浜とKタワー横浜

イベント開催時だけでなく、日常的に人が集まる場となるよう創られた、アリーナ正面の広大なスペース

アリーナ自体が人工地盤で一段高くなっており、建物の前は歩行者だけの広場状の空間。終演後に多くの観客が出てきても滞留できるようになっていると同時に、水辺を見下ろす開放的なテラス空間になっています。

「横浜市からの親水空間をという要望で現在の建物配置になっているのですが、そのおかげでテラスからは車の往来は見えず、帷子川越しに対岸のポートサイド公園の緑や横浜ベイクォーターの賑わいが楽しめるようになりました。

また、横浜駅側から見ると目の前にアリーナがあることになり、視認性は抜群。現在、みなとみらい大橋とアリーナを結ぶ歩行者デッキ(仮称)高島水際線デッキが建設中で、これが完成すれば横浜駅東口側の回遊性が高まります。アリーナ完成を機にみなとみらい21地区にランドマークタワー、クィーンズスクエアと並ぶ賑わいの拠点が生まれることを目指したいと考えています」と前川課長。

横浜駅東口側にはスカイビル、前述の横浜ベイクォーターがあり、商業施設は十分に集積があります。ただ、みなとみらいのランドマークタワーなどに比べると認知度はいささか弱いところがあります。そこに日本のみならず、世界からも人を集めることができる音楽の場が生まれることで地域の認知度がアップ、賑わいが波及していけば、今回のプロジェクトのミッションは達成されます。もうすぐの開業、そしてその評価を楽しみにしたいものです。

Kアリーナ横浜:https://k-arena.com/
ミュージックテラス:https://music-terrace.com/
【文・構成】中川 寛子 HIROKO NAKAGAWA

借東京情報堂代表。街選びのプロとして首都圏のほとんどの街を踏破した、住まいと街の解説者。早稲田大学教育学部で地理・歴史を学び、卒業後は東洋経済、ホームプレス、東京人その他の紙、ウェブ媒体で編集者、ライターとして記事、書籍等を手がけており、主な著書に「この街に住んではいけない」(マガジンハウス)、「解決!空き家問題」「東京格差」(ちくま新書)その他著書、かかわった本多数。日本地理学会、日本地形学連合、東京スリバチ学会会員。宅地建物取引士、行政書士有資格者。

掲載中の施設名・駅名・社員の所属などの情報は2023年9月現在のものです。

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