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小田急線代々木八幡駅北口から代々木八幡宮のある高台方面を眺めると、駅のすぐ近くにひときわ目立つ、こんもりと濃い緑が見えます。目を凝らせばガラスの輝きも見てとれるでしょう。
それが建築家・横河健氏が実家跡地に建てた賃貸住宅+事務所からなるTHE
TWISTです。相続を経て緑や庭が失われることが多い中、それらを残した上で選ばれる住まいが誕生するに至った経緯についてお伺いしました。
THE TWISTが建つのは横河氏のご両親が新婚時に建てた木造住宅の跡地です。
「⺟は2019年に亡くなったのですが、その少し前からこの場所を今後どうやって残していこうか、賃貸マンションを建てようかなどと考え始めていました。住宅は多く設計していますが、自分が施主として賃貸住宅を作るのは初めて。この土地にどのような需要があるのか、どんな住宅が良いのか、複数のデベロッパーにヒアリングしたのですが、どこに聞いても答えは同じ。50~60m²ほどの住⼾をできるだけ多く作るのが良いと⾔われました」。
ところが、⾔われた通りに設計をしてみると庭木の大半を伐採する必要が出てきます。住宅自体は戦後の15坪までと制限のある中で建てられ、その後増築を重ねていますが、庭は両親の新婚時代からほとんど変わらぬまま。横河氏が1歳の時からずっと見てきた風景が失われることになります。
また、⺟屋に隣接するかつて⼦ども部屋・ガレージがあった場所には横河氏が44年前に建てた処女作で代表作でもある自邸「トンネル住居」がありますが、新たに大型の賃貸マンションを建てると、自邸に朝日が入らなくなってしまいます。
それに気づき、横河氏は計画を再考します。賃貸マンション建設を考えたのは金儲けが目的ではなく、将来にこの環境を継承、残していくためにはある程度の収益を生む必要があるとの判断から。それなのに建設計画が樹木の伐採計画になってしまうのでは本末転倒です。庭を残しながら、必要な益を生む賃貸マンションを建設することはできないか。
その一見相反する要望をともに満たす答えがありました。
「小さな住⼾を数多く作るのではなく、1フロア1住⼾、庭を望む高品質で広い住⼾を作りましょう。大きめでハイグレードな賃貸住宅は希少で高いニーズがありますと、ケン・コーポレーション企画部の⻄川淳さんがアドバイスをくれたのです」。
そこで12m四方の建物を設計、土地に当てはめてみたところ、庭の大半を残せることが分かりました。さらに建物南東の角にある紅葉の大木の根と枝を切らなくて済むように建物2階を⻄にツイストさせることを考え、それにふさわしい構造をと考えていくうちに周辺では3階建てが大半のこのエリアで4階が建つことが分かります。
庭に面した南側、その反対の北側を緑が眺められるように窓にすると、建物は東⻄のコアと南北の3mごとに入った鉄柱で支える構造となり、その結果、フラットスラブの梁のない建物になります。
梁が無いので階高(建物の1層分の高さ。ある階の床面から上の階の床面までの高さ)を圧縮しても天井高(室内の天井の高さ。室内の床の上の面から天井の下の面までの高さ)は十分に確保できます。また、⻄にツイストした2階とのバランスを取るために、4階を東にツイストさせるとそれによって斜線制限をクリアできます。樹木を守るための工夫がワンフロア余分に建てられるという、収益に大きく寄与する結果に繋がったのです。
その結果、誕生したのは地下1階・地上4階建て、前面道路から見ると全面ガラス張りの、名称通りのツイストした建物。地下と1階には横河氏のオフィスが入り、2階以上が賃貸住宅です。また、地下の半分はいずれ貸すこともできるように住居仕様に作られています。
庭は中央にテラスが作られ、1階のオフィスから降りて行けるようになりましたが、それ以外はほぼ従前のまま。かつてのご実家では家の中で花見ができたそうですが、その状況は今も同じ。一番早く咲く河津桜、遅く咲く八重桜が揃い、⻑い時間桜を楽しめるそうです。また、建物の南北がガラスになっているので、通る人は窓越しに緑を感じることができます。
住⼾は40坪平均ほどの広さで、2階と3階は3ベッドルーム、4階は少しコンパクトで2ベッドルーム。共通するのは南の庭側に眺めを楽しめる大きなリビング、住⼾の中央にキッチンや⽔回り、そこを境に住⼾北側に個室が置かれた配置。⽔回りを囲んで回遊できるようになっているのです。
「一⼾建てでは住⼾内を回遊できるようにした設計もありますが、集合住宅は一方通行が一般的。ですが、回遊性は使い勝手、通風などさまざまな点から大事な点です。
この住宅では北側の個室に面した廊下をウォークインクロゼット状にするという新しいアイディアを盛り込みました。個室内にある収納はその部屋の人しか使えませんが、この位置にあれば共用で使えます。家族全員に使いやすく、人が通ることで風が抜けるので湿気も籠りません」。
各⼾で大きく違うのはキッチン。リビングからの眺望に合わせて異なる配置になっているのです。窓の向こうがすべて緑、森の中にいるように思える2階のキッチンは窓に向いたオープンなタイプ。キッチンに立つと眼前に緑が広がり、ここで料理をするのは幸せでしょう。
木々の梢と同じ高さにある3階のキッチンはリビングの⻄側にあり、セミオープンなタイプ。ふと目をやるとそこに緑という距離感で、広さもたっぷり。家族で、友人たちと一緒に料理を楽しむにはぴったりではないでしょうか。
そして4階、木々と街並みを見下ろすフロアではキッチンは中央にクローズドな形で作られています。眺望に合わせると同時に、使い勝手、好みに合わせて選ばれるようになっているわけです。
階による違いではもうひとつ、4階にのみ専用の屋上があります。フローリングを敷いた屋上中央には⽔道、テーブルが用意されており、開放的で気持ちの良い空間。賃貸でここまで気遣いのある空間が作られることは珍しく、それを自分だけのものとして使えるのはなんとも贅沢です。
当初は入居者全員が使えるようにと考えていたそうですが、そこに再度、⻄川氏から提案がありました。
「管理、セキュリティの問題もありますし、4階は少し面積が狭い住⼾。そこで屋上を専用にすれば3フロアに賃料差をつけずに済みますと⾔われたのです。そういう考え方があるのかと思いました」。
実際の賃料は3フロアすべて同額で、⻄川氏の当初提案より少々高めに設定。それでも募集開始から数日で全⼾申し込みがあったそうです。4階に限らず、全⼾が短期間で決まったことからはこうした住宅に魅力を感じ、選ぶ人が少なくないということを教えてくれます。
その魅力の要素をまとめると大きく2点が考えられます。ひとつは眼前に圧倒的な緑が広がる土地の魅力、歴史を生かし、それを最大限に生かす設計であること。
「デベロッパーの多くは容積率一杯に建てることを勧め、役所は木は後から植えれば良いと⾔います。でも、庭は時間が作ったもの。歴史ともいえます。そして歴史、時間はあとからはデザインできない、唯一無比のもの。失われたら終わりです。それをどうやって継承していくか。知恵を絞る必要があります」。
横河氏は住宅を設計する際、建築前の土地を見て自分がどこにいるのが一番気持ちが良いかを考え、その位置を決めてから全体を考えるというアプローチをするそうです。そのためには住宅建設の前に仮設の足場を組み、地上4mから土地を見たこともあったとか。THE TWISTの各住⼾も一番気持ちが良い場所に配されており、それが見に来た人に驚きを与え、こんな場所に住みたいという気持ちに繋がったのでしょう。
もうひとつは自分が住むならと考えた細部にまで配慮のある設計であるということ。ツイストしたおかげで生まれた壁面のずれを利用、部屋の各所に作られた風が抜けるスリットや北側の個室に用意されたホームワークできる小さなカウンターなど、いくつも挙げたいところはありますが、特に素晴らしいのは玄関回り。
1フロア1⼾ですし、入口にはしっかりしたセキュリティがあり、本来、玄関は要りません。そこに念のためにと引き⼾で玄関ホール的な空間が設えられているのですが、この格⼦が手の込んだ品で、美しいのです。マンションの玄関に引き⼾は珍しいはずですし、無垢の木の見事な細工が使われるのも珍しいこと。日本独自の空間として世界的に見ても面白いのではないでしょうか。
個人的には廊下を隔てて非常階段に向かい合う、窓を開けることができるバスルームにも感動しました。非常階段のドアを開け、窓を開ければバスルームに外からの風が入るのです。ですが、横河氏が考えたのはそれだけではありません。非常階段の向こうには自邸「トンネル住居」があります。横河氏はその壁に蔦を這わせようと考えています。
「実家は蔦に覆われていました。その蔦を移植して継承、いずれはトンネル住居が蔦で覆われるようになることを計画しています。そうすれば入居者は窓を開け、緑を眺めて入浴することができるようになります。あと15年くらいはかかるでしょうか、私はそれを見ることはできないでしょうが、楽しい計画でしょう?」。
本来、住宅はこうした⻑い目で考えて設計されるべきなのでしょう。しかし、近年はどうしても収益が優先され、土地、特に都心の土地を継承するのは難しくなってきています。ですが、残したいと思うのであれば手を考えるべきと横河氏。
「土地の要件その他で建てられるものは異なり、必ずなんとかなる、全てが残せるというものではありませんが、最初からダメだと諦めてしまうのは残念なことです」。
良い住宅を求めている人は確実にいます。それにふさわしい企画、設計、リーシングその他の条件が揃えば大事な歴史を後世に継承できる可能性は出て来るはず。THE TWISTはそれを教えてくれます。
参考書籍
『KEN YOKOGAWA landscape and houses』
発行:新建築社 5,500円(税込)
https://japan-architect.co.jp/shop/special-issues/book-501202/
東京情報堂代表。街選びのプロとして首都圏のほとんどの街を踏破した、住まいと街の解説者。早稲田大学教育学部で地理・歴史を学び、卒業後は東洋経済、ホームプレス、東京人その他の紙、ウェブ媒体で編集者、ライターとして記事、書籍等を手がけており、主な著書に「この街に住んではいけない」(マガジンハウス)、「解決!空き家問題」「東京格差」(ちくま新書)その他著書、かかわった本多数。日本地理学会、日本地形学連合、東京スリバチ学会会員。宅地建物取引士、行政書士有資格者。
掲載中の物件名・プロジェクト名・駅名・社員の所属などの情報は2022年11月現在のものです。