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2023年11月24日に森ビルが30年超の歳月をかけて取り組んできた麻布台ヒルズが開業します。着工の2019年8月からほどなくして新型コロナウイルス感染症の流行が始まり、オフィスの存在意義が問い直された時期を経ての開業。麻布台ヒルズ森JPタワーを中心に配されるオフィスはどのようなものになっているのでしょう。
麻布台ヒルズのプロジェクトがスタートしたのは1989(平成元)年のこと。対象となったのは、都心にありながら東西に細長い、最大18mという高低差の大きな谷状地形が障壁となり、長らく建物の更新が行われてこなかった地域。敷地は細分化されており、老朽化した小規模な木造住宅なども多く、防災、防犯的に問題が指摘されてもいました。
同年の「まちづくり協議会」設立以降、平成の約30年間を300人近い地権者と議論を重ねて計画を練り上げ、着工したのは2019年8月。令和に入った年です。
プロジェクトがスタートした時点では何年かかるか、先は見えなかったと森ビル株式会社 営業本部 オフィス事業部 オフィス営業2部チームリーダーの長谷至誠氏。
「東京の都市力を上げるためには規模が大事です。麻布台ヒルズは8.1ヘクタールという広大な面積の土地をまとめたことで、2.4ヘクタールに及ぶ広大な緑地、インターナショナルスクールをはじめとする生活インフラを整備することができました。そう考えると、当然、地権者の数は多くなり、交渉には時間がかかります。幸い、地権者の方々にはご理解をいただき、最終的には良い開発になったと思っています」。
30年の間には所有する土地、建物を売って出て行く人達もおり、森ビルはそれらの建物を買い支えて空き家になるのを防ぐため社宅等にしていました。長谷氏もこの地の社宅に住んでいた時期があり、出社のために坂を上がるのが大変だったとか。
それ以外にもこの地に居住した社員、関わった社員は多く、地域の祭りに参加して神輿を担いだり、清掃活動に参加したりと再開発によって地域活動やコミュニティが途切れないように、地域の方々と共にコミュニティを育んでいます。その結果、再開発終了後もこの地に住み続ける地元の方々が多数おり、既存コミュニティはそのまま残ることになります。
「その話を海外の人にすると非常に驚かれます。そうしたやり方での開発が行われていないためです。日本企業はもちろん、それ以上に外資系企業は周囲からの評価に敏感なもの。ストーリーのある事業だと多くの共感をいただいています。また、単に働く人だけがいる街ではなく、昔から住んでいる人なども含め、多様な人がいる街であることに可能性、期待もあるようです」。
コロナ禍にあってオフィスの存在意義についてはさまざまな意見が出ました。オフィスに広さは要らない、出社不要と言われだし、極端なところではオフィス不要論もあったほど。
「コロナ以前はオフィス不足が続いており、東京の空室率は1%ほど。ほとんど満床で、オフィス環境の改善を検討もできない状態でした。そこに突然の働き方の変化です。私たちから見ると、人の働き方に配慮したオフィスが必要であることに社会がようやく気がつき始めた、時代が追いついてきたという印象がありました」。
一般にはオフィスは働く場所であり、出社とは働きに行くこととされます。しかし、一言で働くといっても、人により、企業により、部署により、その内容はさまざまです。機械的に作業をこなすことを求められる仕事と、新しい価値の創造を求められる仕事では、当然に働く環境に求められるものは異なるはずです。
出社も同じです。どこでやっても成果に違いが出ない仕事ならリモートワークでも良いかもしれませんし、人やモノ、情報にインスパイアされることが結果に繋がる仕事であれば環境は非常に重要になってきます。
「私たちは、オフィスは不要にならないと考えています。人と人が会わないとビジネスは生まれませんし、人を育てる、企業文化を醸成する、企業のブランディングその他にも場は必要です。人は本質的にコミュニケーションを求めており、同僚には会いたいし、面白いこと、新しいことをしたいもの。そうした場として、これまでの単なる作業場としてのオフィスとは違うオフィスが必要です」。
そこで麻布台ヒルズは街全体をワークプレイスとして使えるようにしています。緑やアートに溢れた環境の中でいろいろな人と交わり、クリエイティビティを高める場。それが森ビルの考える、これからの社会を変える企業が求めるオフィスというわけです。
では、具体的にどのような場が作られたのでしょう。中央広場を中心に、高さ、デザイン、規模の異なる7棟が配された麻布台ヒルズの中でオフィスが入っているのは、高層棟となる森JPタワー、レジデンスB棟、そして低層のガーデンプラザB棟の3か所です。
うち、森JPタワーは基準階面積約4,800㎡(約1,450坪)という大規模オフィスで、階数は7階から52階まで。四隅がアールになっており、内部に柱がないため、眺望がパノラマで広がる開放的なオフィスです。
レジデンスB棟はスモールオフィスとなっており、3~5階に全体では約4,200㎡(約1,270坪)、一区画当たり約9坪から32坪のオフィスが用意されています。個人やスタートアップ企業が入居しやすいオフィスです。
ガーデンプラザB棟4~5階にはスタートアップ企業を輩出、成長させていくために不可欠なベンチャーキャピタルが集まる「Tokyo Venture Capital Hub」が入ります。これは日本初の大規模なベンチャーキャピタル(VC)の集積拠点で、日本ベンチャーキャピタル協会や独立系VC、日本の大企業を母体とするコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)など合計約70社が集まります。
「スタートアップに資金を供給、新しい産業を育てるVCはアメリカではヒーローですが、日本では黒子に徹している会社が多く、存在が分かりにくい感がありました。ですが、ユニコーン企業を育てるのは業界の、日本の課題のひとつ。そこで、VCが集積する象徴的な場所を作りたいと、長年付き合いのある日本ベンチャーキャピタル協会や独立系トップのVCに拠点を構えていただきました」。
スタートアップ企業にしてみれば、資金調達先になるかもしれないVCが集積していることになり、成長へのチャンスのある立地といえます。同拠点内にはイベントに使えるスペース、交流を促進する仕組みなども用意されており、入居企業にとっては箱としてのオフィス以上に価値のあるオフィスといえます。
「アークヒルズのベンチャーキャピタルが集まるワークプレイス「KaleidoWorks」に始まり、虎ノ門ヒルズでは大企業の事業改革、新規事業創出を支援するインキュベーションセンター「ARCH」を自主運営し、スタートアップ企業の集積拠点「CIC Tokyo」をボストンから誘致するなど、入居企業を支援する仕組みを続けてきています。
私たちは箱=オフィスと考える貸しビル業をしているわけではなく、企業が成長できる、価値のある街=オフィスを作っています。時代、場所によって何が必要かは変わってきますが、今、必要なものとして考えた結果、ベンチャーキャピタルを誘致することになりました」。
もうひとつ、企業、働く人の成長に寄与する施設があります。それが森JPタワー33~34階にあるヒルズハウスです。ここは入居企業とその従業員が街全体をワークプレイスとして使うための拠点となる施設と位置づけられています。
企業の垣根を越えて、この街で働く人同士が交流するクラブハウスであり、街の中にあるフィットネスクラブやスパ、予防医療センターなどといった施設を利用するためのハブでも。自社単体では実現できないワークスタイルをサポートしてくれる存在と言い換えれば分かりやすいでしょう。
2フロアにまたがる約3,300㎡(約1,000坪)の施設の中には、高さ9mに幅8mものダイナミックな「大階段」、カフェテリア・ワークスペース・多目的スペースからなる「Members Lounge」、ミーティングやパーティーなど多目的な用途に使える大型ダイニングスペース「Sky Room」、グランビストロ「Dinig33」などがあり、日常の気分転換、オフィス外でのミーティングからフォーマルな式典にまで対応。働く人、企業のあらゆる場のニーズに応えられる空間といえそうです。
「ヒルズハウス内はもちろん、それ以外でも他社と知り合えるようなイベント等を開催していく予定です。六本木ヒルズでは屋上庭園に水田があり、入居企業に勤務する人の子ども達が稲刈りに参加するなどしていますが、麻布台ヒルズでは果樹園があるので、それを利用して、入居者、勤務者、その家族などが交流することを検討。今後は部活動などのアクティビティも考えています」。
ヒルズハウスは、企業の求めるオフィス像が多様化した時代にあって、各社が目指したいところを補完する施設でもあるといいます。
「かつては一番良いものを作ればそれで選ばれました。ところが今は何が一番か、答えは人や会社の数だけあり、変化しています。ヒルズハウスに用意した多種の施設、サービスのうち、各社がそれぞれに目指したい姿に合わせて取捨選択をする。そんな形での利用を考えています」。
何が一番か明確でない時代には、作って終わりではなく、それをどう運営していくか、必要があればどうチューニングしていくかが大事になりますが、それについては世界屈指のオペレーション力があると長谷氏。
「一般的に、ディベロッパーは海外も日本も建物を作る部門と運営する部門は別々。ですが、私たちはそれを一体でやってきており、現場の変化に敏感。ニーズに合わせて場の変化を検討できる仕組みになっています。それがあるから選ばれるものを作れると自負してもいます」。
最後に麻布台ヒルズに入居して欲しい企業について。
「新しい価値を世に出そうとしている、イノベーティブな企業に入居していただきたいと思っています」と長谷氏。
現状維持を良しとしている企業であれば他の場所でも良いはずです。それよりもこの環境を生かし、そこから新しいものを生み出し、企業同士が化学反応をしていくことでより大きな価値に繋げる。それが日本経済に、世界の都市間競争に新しい一石を投じると考えると、ここにオフィスを構えることには自社の発展に加え、もうひとつ大きな意味があります。
「街の中には交流を育む場があり、仕組みがあります。それを上手に利用、成長に繋げられる企業に入居していただきたいものです」。
オフィス不要論を経てさまざまなオフィス像が模索される昨今。麻布台ヒルズの掲げるこれからのオフィス像に共感を覚える方も多いのではないでしょうか。
掲載中の施設名・駅名・社員の所属などの情報は2023年10月現在のものです。
東京情報堂代表。街選びのプロとして首都圏のほとんどの街を踏破した、住まいと街の解説者。早稲田大学教育学部で地理・歴史を学び、卒業後は東洋経済、ホームプレス、東京人その他の紙、ウェブ媒体で編集者、ライターとして記事、書籍等を手がけており、主な著書に「この街に住んではいけない」(マガジンハウス)、「解決!空き家問題」「東京格差」(ちくま新書)その他著書、かかわった本多数。日本地理学会、日本地形学連合、東京スリバチ学会会員。宅地建物取引士、行政書士有資格者。